夏の終わりに届いたメール(電撃リトルリーグに投稿)

 血の滴る手――だらりと力無く垂れ下がっている腕と、それを伝って滴る赤い水。そしてその下には赤い水溜り。
 携帯のメールで送られてきた写真を見た、僕の頭に浮かんだ映像。
 時々、写真を見た時にだけ被写体の未来が見える事がある。今日のもそれだ。
 僕は幼馴染みから送られて来た写真を――血にまみれたコンクリートの映像を見るなり、すぐに駆け出していた。
 メールに添付されていたのは、廃ビルの屋上で撮られた幼馴染み達の写真。この廃ビルは、僕たちが小さい頃からずっと取り壊される事もなく放置されていたもので、いつからか僕達の秘密基地になっていた。
 高校を卒業したのが今年。
 皆違う大学とか専門学校とかに進学しているのに、暇さえあれば秘密基地に集ってしまう。
 きっと今日も、いつもの様になんとなく遊んでいたのだろう。そして秘密基地に置いてあるお面やら銃のオモチャやらを使って仮装大会なんかを始めて、それを撮った写真を僕に送ってきたのだろう。
「くそ! は、は、そんなことしてる場合じゃ……ないんだよ!」
 廃ビルの階段を前に、自分を奮い立たせるように叫んだ。
 あの映像を思い出しては、身体が奥から冷えていく。あんなおぞましい映像を見たのは初めてだ。
 今まで見てきた映像はテレビの写真や、雑誌に載ってる写真ばかりだった。そこから見たのは芸能人が浮気してる映像とか、火山が噴火する映像とか、そんな遠い世界の出来事ばかり。
 いくら人が死んだって、身近なところじゃなければ映画やドラマと大して変わらない。けど今回は、人生の半分くらいを共に過ごしてきた、『家族』と言っても差し支えない身近な存在の未来で――それがしかも大怪我をしてる、下手をすれば死んでいる未来で――こんなに戦慄したのは初めてだ。
「何で今日は屋上なんだよ!」
 階段を上りながら叫んだ。何故か今日に限って親子連れの通行人が多く、避けながら走る事で随分と消耗してしまった。
 5階建てのビルの階段が、どこまでも続いているように感じる。
 早く辿り着かなきゃいけないのに足はガクガクいってるし、酸欠で頭もボーっとする。
「は、は……も、少し」
 幼馴染み達のはしゃぐ声が聞こえる。最初は無限に思えた階段も、半分くらいは平らな天井が見えている。
「間に、合え!」
 ドゴン――
 重い鉄扉に身体をぶちあて、その勢いのまま、文字通り屋上へと転がり込んだ。
「は、は、んく……み、んな、だいじょ……は、ぶ」
 顔を上げると、3人の幼馴染みが僕を見下ろしていた。
 3人の顔を見渡す。良かった、皆まだ無事みたいだ。
「あれ、賢ちゃん?」
 真っ赤な看護士の服を着た女の子――涼子ちゃんが、キョトンとしながら僕を呼んだ。
 立っている3人の幼馴染みに囲まれる様に、金網にもたれかかっている全身が血まみれの、もう一人の幼馴染み。その腕は力無く垂れ下がり、腕から滴る血で、足下には大きな赤い水溜りが出来ていた。
 僕はゆっくりと立ち上がると、僕に最初に声を掛けた幼馴染み――血で真っ赤になった果物ナイフを握っている涼子ちゃんへと歩み寄った。
「涼子ちゃん、それで……聡を?」
 血まみれの聡と、涼子ちゃんを交互に見ながら問いかけた。
「え? あ、うん。そうそう! これで撮ったの!」
「りょーこー、もう良いかー」
「あ、うん。バッチリ」
 それまでピクリとも動かなかった聡が声を上げたので、僕は驚いて固まってしまった。
「あは、よく撮れてるよ。後で皆に送ったげるね」
 果物ナイフとは別の手に握られた携帯の画面を覗きながら、涼子ちゃんは嬉しそうにボタンを弄くっている。それを横から覗き込もうとする聡を見て、僕は何をしに来たのかを思い出した
「さ、聡!? 大丈夫、なの?」
「ん? ああ、これ。血のりだよ、血のり。すっげーだろ?」
「な、なんだ。僕はてっきり……はぁ」
 自慢げに血のりの事を話す聡を見て、僕の身体からは一気に力が抜けていった。その場で座り込んだ僕を見た幼馴染み達は顔を見合わせ、血まみれの聡が僕の傍まで寄ってきた。
「さっきの写メで、何か見えたの」
「うん……血まみれの人間」
 僕の予知能力を知っている聡が心配そうな顔をしていたので、茶化すように言った。
「うっわ。そりゃあ、血のりまみれの聡君と私だ」
 僕達の会話を聞いていた涼子ちゃんの言葉に、皆が笑い始めた。僕もなんだか、急に可笑しくなって一緒に笑った。
 僕が写真から見る映像は人が転ぶものから、建物が火事になるものまで様々だ。
「それにしてもさ。今日、やたら親子連れが多かったよ」
「そりゃあ賢、今日は9月1日だからっしょ。ほら、防災訓練の」
「え? あ、そうか、夏休みは僕らだけか!」
 僕の言葉に皆が笑った。
 僕も一緒になって笑った。
 あんなに悲壮な映像を見たのは今日が初めてだが、心底、真実は愉快なもので良かった。




 ――同日深夜。
『本日14時、関東地方で直下型の地震が発生しました。確認されているだけで、死傷者数はおよそ6万人。倒壊した建物――』
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